昭和の記録  (戦塵日記・昭和15年)

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zoom RSS 昭和15年2月15日

<<   作成日時 : 2006/09/06 13:27   >>

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十五日 (木) 晴 暖

八時起床。九時頃出勤。午前は初年兵自動車手の学科をやる。今日
は小島伍長に重油機関の説明をさせる。十一時から身体
検査があると言ふので早く終了する。午后の予定を変更して、また初
年兵の学科をやる。今度は僕が機関部の付属装置、傳導装置
聯動装置等の説明をやる。時間がなくてもっとやりかたっかがやり
切れず。今日は中隊長、片岡准尉が聞きに来てゐた。
五時頃入浴して歸ったのは六時頃。今日やっとの事で中隊の
隔離が解除になった。當番が来て飯を炊いておいて呉れる。
今日昼食の際に土師大尉から召集将校に対してきついお叱りの言葉があ
る。原因は今迄の聯隊自動車教育に教官の佐藤中尉は非常に熱心
であるに拘らず専修員は熱意が足らず甚だけしからんと言ふのだ。此の
事に関聯して、召集将校一般に、召集将校は予備後備と言ふ気持を
すてゝ、国軍を召集将校が○ってゐると思ってしっかりやって欲しいと言は
れた。此の話の引例に、北支の一〇八師団は殆ど招集者許りの部隊だ
が幹部以下甚だ軍キが乱れ土師大尉が4年式十五Hで共同戦
斗をしたが歩兵のくせに第一線を逃げてしまひ、砲兵が第一線に出てひどい
目にあったとか、此の師団が攻撃に移らふとしたら病人や勝手に戦線
を退くものが千人にでたとかと言ふ話をした。又或部隊は南京占
領の際、南京市街の眞中で或兵は姑娘を公然と強姦し外国新
聞記者がカメラに撮ってゐるのも平気だったと、而も幹部がそれを少
しも止めなかったと言ってゐる。全く大した軍隊だ。
昨日は又、中隊長から、此の附近の或国境警備隊では兵が共同して
厳格な准尉を袋叩きにしたとか言ふ話も聞いた。又将集で、副
官北村大尉から、村井大尉が実に将校の風上にもおけぬやうな
事をするので此の間村井大尉を腕力にかけて○めて来たとの
報告があった。国軍もなかなか多事多難だ。
召集将校も満キ々々と、あまり言ふなと今日土師大尉から言は
れた。召集将校の認識不足に原因するんだ。召集将校に、国を
思ふの情が欠けてゐるわけではない。

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