昭和の記録  (戦塵日記・昭和15年)

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zoom RSS 昭和14年12月3日

<<   作成日時 : 2005/12/04 13:45   >>

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十二月三日 晴れ 少し暖し

補充隊にゐて、前線へ出発の8月二十二日がら南屯引上げの十一月末日迄
丁度前の小さい日記帳へ書き終った。今日から新駐屯地神武屯へ来
て新しい日記に移る。
起床七・三〇、営庭が廣過ぎる為か喇叭号音が一寸も聞えない。もう三、四日
になるが兵舎内に居て一度も喇叭を聞いた事がない。これでは非常呼集の
際等に困るだらふ。朝礼、九時三〇分、例の如く、五ヶ條を奉唱し、東方遥か
宮城を拝む。此処から東を向いたのでは東京方向に向かず樺太の方を向いてしまふ。
が日の出の方向を向いてやるのでは仕方ない。午前中は車廠を監視する。もう満期が
近くなったので招集兵はサボって許りゐて手入れにも出て来ない。まだ、兵舎
に到着して車を車廠に放り込んだまゝになってゐて乱雑させる。車廠内はペチカを
焚いてゐるにもかゝはらず温度は低い。車廠内に置いても自動車が加熱せ
ねば始動しないので温度を計ってみた所が零下六度乃至八度。一度扉をあ
けて車輌の出入りがあると零下十数度に下がってしまふ。これではペチカを焚い
た車廠でも大した効果はない。
中食がおくれる。十四時より聯隊本部の御紋章の除幕式が行はれる。
全員本部前に集合し、君が代のラッパ吹奏○に副官の手によって幕
落され、金色燦然たる菊花御紋章は日光を浴びて輝き、遠く露領を威圧
する。此の時の君ヶ代のラッパの音の清澄なりし事、実にいゝ気持だった。終了後
下山少尉が各班長を集めて張り切ってゐた。いくら将校が注意しても班長、班付
上等兵が無関心の為に軍紀の振帳が出来ないと言ふのだ。事実今の下
士官、上等兵は全く気力がない。兵隊が招集兵が多くて自分より老年の者
がゐてやりにくいのは分るがそれにしても気力がなさすぎる。
夕方から手紙を書く。家と、それから菅野八太郎氏へ。澤山書いたので二通
で十一時迄かゝる。
もう一つ、電気局から「東京便り」と言ふ雑誌が来る。東京市
職員の互助会発行としてある。生命保険を入る為に互助会員となってゐるの
で送って呉れたのか。僕は職員ではないのだが。
就寝十一時。
今日、久しぶりに衣替えをする。ノモンハン戦場到着后直に兵の服を着てゐたが
愈々神武屯に落ちついたので私服と着かえる。今迄の天幕生活では勿体なくて
私服は着られない。三ヶ月一つの服を着てゐたので随分汚れた。私服を着たら
スタイルがよくなって気分も一新した。

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