昭和の記録  (戦塵日記・昭和15年)

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zoom RSS 昭和14年11月1日

<<   作成日時 : 2005/11/01 10:26   >>

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十一月一日 (水) 晴れたり曇ったり

遂に十一月になった、此の南屯へ第一線から引上げてから早や一ヶ
月になる。はじめは十月始めの中に、何処かの駐屯地へ駐屯すると
か、又は野重一は内地へ帰還するとか言ってゐたがとんでもない。駐屯は
今月末か、それも一番来たの国境黒河のそばの神武屯だ。遂に
神武屯に決定したらしい。第一大隊長は今夜先発として
神武屯に向はれた。ハルビンだとかの夢も破れて、神武屯
のヘンピな田舎の現実が我々をがっかりさせる。
今日は午前九時、聯隊長の訓話がある。此の頃、一般の志気が沈滞
し軍紀の厳正を欠く所が多い。敬礼の確実なる実行と、下級幹
部の指揮権の確実なる行使とを強調される。それに本日は内地
では興亜奉公日とて一般に自粛生活をやってゐるのに対して、軍
隊に於ても自粛自戒せねばならぬを、其の意味に於て本日を
清掃日として聯隊全員、清掃整屯を実施するやうにとの訓話
だった。大隊長からも尚一般に、もっと気力を出して物事に当る
やうにと訓示がある。終ってから中隊で我々将校も勤労奉仕。将
校幕舎の前に風除けの堆土を築く、副産物として井戸が出来
る。午后は一時三〇分より聯隊長の営内巡視、幕舎附近と、砲
車廠に立会する。十四時三十分頃終了。其の后は此の間の耐寒行
軍の諸報告を整理する。夕食より、点呼迄の時間、経理室の
吉岡伍長とか言ふ可士官が来て、大正琴を演奏する。普通の大
正琴に弦を増して十数本にして、低音部、伴奏部等を作ったも
の、自分で考案したと言ってゐるが偉いものだ。あんな玩具のやうな
もので相当な効果を上げてゐる。三味線よりも和音は複雑
技量も相当なものだ、小さい時からやってゐると言ふが全く感心
した。あんな楽器はもう少し改良したらもっと立派な新楽器
が出来るのではないか。彼はビクターにも吹き込んであるし、
ラヂオにも数回出演してゐると言ふ。
夜は手紙を書く。まとめて四、五通。
十時頃寝る。

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