昭和の記録  (戦塵日記・昭和15年)

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zoom RSS 昭和14年10月5日

<<   作成日時 : 2005/10/05 08:01   >>

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五日  (木) 曇り 小雨あり 一時強雨

九・三〇分朝礼、一〇・〇〇より聯隊の火砲返
納授与式挙行せらる。第二大隊の火砲四門
返納、二門宛、第一、二中隊へ配当さる。其の後聯
隊長の訓示として、「火砲は砲兵の命なり」を強調
せられた。「砲兵は火砲と運命を共にし、火砲が破壊せら
れて射撃不能となっても陣地をみすてゝはならぬ、全火砲
破壊せられても尚自己の銃剣に信頼し敵と格斗し、
生命がなくなれば魂を以て陣地を死守せよ、観測小隊
も段列も放列の危険を知ったならば全力をあげて放
列救援に赴かねばならぬ。」と聯隊長は今戦斗の結
果、火砲を全部置いたまゝ生残った将兵をなじる
やうに訓示された。耳の痛い将兵があった事だらふ。
午后は徒歩教練の予定。中隊長及下山少尉はハイラルへ
行ったので徒歩教練は簡単にやめて十三・〇〇呼集
して自分が指揮して全員車廠一廻り馳足、約十分間
此れで終り今日は曇りで寒い小雨も降る、午后強
い雨が一時降る。私信が許可されてハガキ二〇枚許り書
いて出す。そのあとへ又手紙が来る。
今日の会報で新駐屯地は黒河省の神武屯とか
言はれた。ハルビンとか、奉天とか、ボタン江とか或いは興主
嶺とか噂してゐたがとんでもないヘンピな最北端、黒竜江
をはさんでソ聯と相対峙してゐる黒河。大変な所へ駐
屯と決ったものだ。又それが出発は来十一月の中旬とか、
こんな所にあと一ヶ月余も天幕生活では全くやり
きれん、皆がっかりする。内地帰還だなんてはかない
夢と消えた。
今日出した手紙の中、幾つが慰問袋となって来るか。

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