昭和の記録  (戦塵日記・昭和15年)

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zoom RSS 昭和14年9月2日

<<   作成日時 : 2005/09/02 08:59   >>

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二日 (土) 晴

五時起床。六時に長谷川部隊出発菱
田部隊へ六時四十分着、菱田部隊の第四
中隊の車輌訳五十車輌に一輌三名宛
便乗。中隊長ハ矢島大ヰ 七時三〇分
出発。自分は先頭の小隊長の車に乗る。
小隊長が運転台に乗るので自分は荷台へ。
ハイラルの町を外れた所で運転手が車を
溝へ落して荷台に乗ってゐた自分達五
名は道端へ投げ出される。が幸ひ車はテン
覆しなかったので怪我はしなかったがヒヤッと
した。運転手は幹部候ホ生ださうだ。
あとで休止の時に僕に謝って来たが怪我
はなかったので何も言はずにおいた。約二時
間毎に小休止、一二時三〇分より十三時三〇分
迄大休止、中食、はじめてみるノモンハンの大平
原、見渡す限り広漠たる草原で比高せい
ぜい二、三十米の丘が連ってゐる。子供の頃夢に
みるやうなお伽の国にあるやうな青い草原
だ、たんぽぽや、菊に似たうすむらさきの花が一
面に咲いてゐる。此れが戦争でなかったら全く
素敵な所だ。蚊がものすごく多くゐて手で
追った位ではてんで逃げない。ほんの少しの間
に首の囲りが形が変る程食はれた。バッタが
澤山ゐるが内地のと異ってズ...とかブ...
とか言ふやうな鳴声に聞える。
将軍○へ行く途中疎林地
帯があって杉の木がまばらに生えてゐる。此
の地帯も相当永く二時間位の距離か。木
など一本もないと言ふのは其の外の所で此処に
は随分木が生へてゐる。将軍○の近くに
ボイル河と言ふ河がある。此の河を渡ると皆
鉄帽を装す。愈々敵に対する注意を
しなければならなくなって来たのだ。が今日は
最后まで敵機にも敵戦車にも会はずに済
んだ、
十九時頃兵站末地に着く。兵站末地と言
っても道路の両側に弾薬糧秣を分散し
て置いてあるだけ。永い行軍○○のまゝ
車輌が停止して卸下するので我々便乗
者は其のまゝ下りて、集合するに手間がと
れる。四中隊は先の方へ来てしまふし、五中隊
は後の方になるし集合地点がまちまちになっ
て集合がおくれる、五中隊は自分達だけ先に集
合して勝手に出発してしまふ。道路に連絡者を
出して置くと言ふので其れを目当てに四中隊はあ
とから行くといくら行っても連絡者がゐない、その
中暗くなってしまふ。全くの大平原で方向は分
らなくなってしまふ。動けば動くほど迷ってしまふ
のでもう今夜は露営する事にして畑部
隊弾薬交フ所フキンに露営する事に
する。少し経つと五中隊の兵だと言って十
名許り迷って来た どうしたと言ふと自分
達をおいて行かれてしまって何処へ行っていゝか分
らぬと言ふ。指揮官は皆貨車に乗って行
ってしまったと言ふ。何と言ふ情けない指揮官
だ。四中隊はとも角自分の中隊の兵隊を
放っておいて自分達先に貨車で行ってしま
ふ輸送指揮官なんてあるのか。今夜は
全く憤慨する。夜中に雨が降り出す。
兵達は夏服の上に冬外套を着て寒さ
にふるえ乍らゴロ寝してゐる。近所の幕舎から
気の毒だと言って天幕を貸して呉れる。皆
感激する。寒さでよく寝られない。

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